立会いに応じていただけない隣地──それでも売買を成立させた「確定測量」の考え方
売買契約に「確定測量の成就」が条件として書かれていました。ところが隣地のお一人でお住まいの方に、どうしても会っていただけません。押し返すこともできない。そこで私たちは、「確定測量とは何か」を組み立て直すところから考えました。結果として売買は成立し、買主様にもご満足いただけました。その経過をご紹介します。
目次
契約の条件になっているのに、定義がない言葉
不動産の売買契約書には、しばしば「確定測量の不履行は契約解除」といった条件が書かれます。取引の生命線です。
しかし、私たち専門家は知っています。「確定測量」という言葉に、法律上の明確な定義は存在しません。不動産の実務のなかで使われるようになった、造語に近い言葉です。
定義のない言葉が、契約の成否を握っている。この案件は、その矛盾が正面から出た事例でした。
どうしても会っていただけない
境界確定測量では、隣接するすべての土地の所有者の方に現地で立ち会っていただき、境界の位置を確認します。
今回、他の隣接地はすべて完了しました。残ったのは一か所。お一人でお住まいの方でした。
紳士的に、物腰やわらかくご挨拶を試みました。私は見た目が弱々しいので、かえって相手に安心していただけることが多いのですが、今回はどうしても会っていただけません。
理由は、いまだに分かりません。お気持ちを推し量ることしかできませんでした。
連絡すること自体が、相手の負担になる
訪問してお会いできないとき、何度も足を運ぶことは、かえって相手にストレスを与えてしまいます。そこで手書きの手紙を添えました。
ただ、正直に言えば——手紙だろうと訪問だろうと、連絡をすること自体が、すでに相手に負担をかけています。
私たちは仕事ですから、接触を試みなければなりません。しかし同時に、相手の立場に立って、その度合いを考えなければならないと常に思っています。
今回は、お一人でお住まいの方でした。過度に連絡を重ねることは、不安を増すだけだと判断しました。これ以上は押さない。そう決めたところから、この案件の解き方が変わりました。
買主様が本当に求めているものは何か
立ち返って考えました。
買主様は「確定測量の成就」を条件に挙げておられる。ではその条件は、何のためにあるのか。書類が揃うこと自体が目的ではないはずです。
買主様が本当に求めているのは、物件を取得したあと、隣地に阻害されることなく自由に土地を活用できることではないか。
定義のない言葉であるならば、その中身を、目的に沿って組み立て直すことができる。私はそう考えました。
「確定測量」を、書面が揃った状態ではなく、取得後に土地を自由に使える状態と捉え直す。この置き換えが、行き詰まりを解く鍵になりました。
残地分筆という解き方
採った方法は、残地分筆です。
立会いをいただけていない境界から数十センチ内側に線を引き、その部分を残地として切り離します。残地の面積は約1.0㎡。売買の対象となる面積はその分だけ減りますが、全体が150㎡程度の土地でしたので、大勢に影響はありませんでした。
こうすることで、買主様が取得される土地は、立会いが得られていない境界に接しません。取得後に隣地との関係で土地利用が阻害される、という事態を避けられます。
残地を誰が持つか——二つの形
切り離した残地をどう扱うかには、二通りあります。
- 売主様が保有し続ける形
- 買主様が取得する形。この場合は、残地を建築計画から除外して土地を利用していただきます
不動産業者の方から、この残地の扱いについてよくご質問をいただきます。とくに買主様が残地も含めて購入される場合、建築計画から除外することがきわめて重要です。理由をご説明します。
残地を建築計画に入れると、違反建築になるおそれがあります
残地は、立会いをいただけていない未確定の部分です。将来その部分が完全にご自身の土地になるという確証はありません。
この未確定の面積を敷地面積に算入して、建蔽率・容積率をぎりぎりに設計してしまうと、後に境界が確定した際に敷地面積が想定より小さくなり、基準を超過して違反建築になってしまう可能性があります。
ですから残地は、所有していても建築計画には算入しない。この一点を、設計に入る前に必ずお伝えしています。
どちらを選ぶかは、その土地の形状、買主様の利用計画、契約の内容によって変わります。案件ごとの判断です。
一言では終わらない、説明という仕事
「残地分筆をしました」と書くと一行で済みますが、実際はそう簡単ではありません。
残地分筆にはさまざまな要件があります。それらを現地の状況と売買契約の内容に照らし合わせ、成立するかどうかを見極める。そして、売主様・買主様・仲介の方に、それぞれが納得できる言葉でご説明する。
技術的に可能であることと、関係する方々に理解していただけることは、別の仕事です。この部分こそ、当事務所がいちばん得意とするところだと考えています。
契約を変更して、売買は成立した
この方法を採るにあたっては、売買契約の変更が必要になりました。面積が変わり、対象となる土地の範囲が変わるためです。
変更せずに済ませられれば、それに越したことはありません。しかし、条件の文言を守るために取引そのものを流してしまっては、誰の利益にもなりません。
関係する方々にご説明を重ね、契約は変更されました。そして売買は無事に成立し、買主様にはご満足いただけました。
立会いをいただけなかった境界は、確定していません。それでも、買主様が求めておられた状態は実現しました。
この事例が教えてくれること
一つ目。定義のない言葉は、目的から捉え直すことができます。「確定測量」を書面が揃った状態と考えるか、土地を自由に使える状態と考えるかで、打てる手が変わります。手詰まりに見えるとき、条件そのものを問い直す余地があります。
二つ目。相手に接触する度合いは、こちらが決めるべき仕事の一部です。連絡を重ねれば誠意が伝わるとは限りません。相手の状況によっては、負担を増やすだけになります。押さない判断もまた、専門家の判断です。
三つ目。技術は、説明とセットで初めて意味を持ちます。残地分筆という手法を知っていることと、それを関係者全員に納得していただけることの間には、大きな距離があります。
当事務所がお手伝いできること
- 境界確定測量(資料調査から筆界確認、境界標の設置まで)
- 立会いが得られない場合の、技術的な選択肢のご提案
- 残地分筆を含む土地分筆登記
- 売主様・買主様・仲介の方への技術的なご説明
あわせてお読みください:法務局の地積測量図が、現地と合わない——昭和30年代の古い図面が真実を語った境界確定測量
ご注意
- 記事中の事例は、関係する方々が特定されないよう、面積・経緯の細部を一般化しています。
- 残地分筆が可能かどうかは、現地の状況と契約の内容によって異なります。すべての案件で同じ方法が採れるものではありません。
- 売買契約の条件や変更に関するご判断は、宅地建物取引業者と当事者の方の領域です。当事務所が行うのは、技術的な選択肢のご提案とご説明です。
- 境界に関する紛争性のある事柄は弁護士の、権利の登記は司法書士の領域です。提携する各専門家と連携してご支援します。
